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大阪出産の東京育ち
(著者略歴には東京生まれと詐称) |
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都立田園調布高校卒。一橋大学商学部入学 |
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一橋大学卒。ニッポン放送入社 制作部ディレクターとして「タモリのオールナイトニッポン」「松山千春のオールナイトニッポン」などを担当。自らも半年間、同番組のパーソナリティとしてマイクの前に。その後、編成部プロデューサーに。 |
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同じフジサンケイグループの出版社扶桑社に出向。書籍部門の編集長として、全盛期のおニャン子クラブの本のほとんどすべてを作るなど、タレント本中心にヒット作を連発。 |
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『Kの悲劇』で作家デビュー。その出版社が勤務先の扶桑社で、編集担当者は自分、編集長も自分、印税伝票を切ったのも自分、という世にもまれな自費出版的メジャーデビューを飾る。
その一方で扶桑社ミステリー(文庫)初代編集長も兼務。洋書部門最後の大仕事は、マイケル・ジャクソンの母キャサリーン・ジャクソンの伝記執筆プロジェクトで編集プロデューサーを務め、米国エージェントと契約条件を詰めながら、著者インタビューのためにマイケル・ジャクソン邸まで赴いたこと。翻訳ではなく、最初からオリジナルで作るその伝記『マザー』の完成を待たずに1989年末、退社。
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角川書店主催・第10回横溝正史賞に応募した『ゴーストライター』が最終候補作となったのを機に専業作家に転じる。同作が専業作家第一作だが、注文を受けて仕上げた第一作は、同年光文社文庫より出版のサイコセラピスト精神分析医・氷室想介シリーズ『編集長連続殺人』。
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朝比奈耕作シリーズの『「長崎の鐘」殺人事件』(トクマノベルズ)が通算百冊目の作品となる。 |
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7月と9月の二度にわたりTOEICテストを受け、二度目で905点というハイスコアをマーク。その体験を『たった3カ月でTOEICテスト905点とった』(ダイヤモンド社)に著す。 |
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吉村達也公式ホームページを立ち上げる。 |