2012年3月15日木曜日

いろんな外国語⑱アラビア語―語彙の増殖過程がわかる言語

アラビア語をきちんと勉強しはじめる前は、とにかく「ミミズがのたくったような」文字をどうして読み書きできるか、という「手がつけられない感」が先に立った。

しかもそのクネクネとした文字は、右から左へと書かれていく。

アラビア語といえば、とっかかりから「食わず嫌い」というか「食わずビビリ」になる言語だった。

おまけに、各文字は「語頭形」「語中形」「語尾形」「独立形」と、単語の中における位置によって4種類の形に変化する。

あまり変わらない字もあるが、激しく変化する字もある。




しかし、慣れとは不思議なもので、書き取りを一生懸命やっていくうちに、それが自然と身についてくる。ただし、まだまだ幼稚園児のような筆跡にしかならないが。

それよりもやっかいなことがある。

アラビア語には、たった三つの母音しかない。あ・い・う、である。それならカンタンと思ったら大間違い。

28文字ある「アリフバー」(アルファベット)のうち、ABCのAに相当する「アリフ」を唯一の例外として、あとはすべて子音なのだ。

中には「ワーウ(w)」や「ヤー(y)」のように、子音であると同時にa/aaやi/iiを表わす字もあるが、ともかくアラビア語はほぼ子音字だけで綴られる。



じゃ、母音はどうするのかというと、シャクルと呼ばれる補助記号を子音字の上や下につける。

aを表わす「ファトハ」、iを表わす「カスラ」、uを表わす「ダンマ」、母音がないことを表わす「スクーン」、発音しないアリフを表わす「ワスラ」、二重子音を表わす「シャッダ」、短母音+nを表わす「タンウィーン」などが補助記号だ。

ところが、それはあくまで子供や外国人のための、いわば「ふりがな」のようなもので、アラビア語圏の人々は、この補助記号なしで文章を書き、そして読む。

なんで読めるのかといったら、それこそ慣れなのだ。とても、そんな芸当は、初心者コースの外国人にはできない。



これは、国際政治的にはアラビア語圏の各国と緊張関係にあるイスラエルで使われるヘブライ語もまったく同じ構造である。

ヘブライ語も右から左に読み、ほぼ子音字のみで表記され、アラビア語の「シャクル」に相当する「ニクード」という母音符号を子音字の下や横に打って読み方を表わすが、通常はこの「ニクード」なしで読み書きされる。

アラビア語もヘブライ語も「セム語派」という大きな言語グループに属しているから、同じ特徴を有している。



子音字のみ表記する文字文化は、語彙というものがどのようにして増えていったのかというプロセスを明瞭に表わす。

それが「語根」(ごこん)という概念だ。

NHKアラビア語講座のテキストから、ちょっと例を拝借する。



「彼は乗った」という完了形動詞を、アルファベットに置き換えて表わすと rakiba となる。が、実際には補助記号なしの子音字だけでしか表記されないので rkb となる。

ここから「乗客」 raakib という単語が派生する。子音字+アリフ(a)で実際には rakb と書かれる。 

さらに「船」 markab という単語もつくられる。これは mrkb と書かれる。



このようにアラビア語は、同じ子音字三つの組み合わせをベースにして、類似した語彙を増殖させていく。

ヘブライ語でも、たとえば sfr という三つの子音をベースにして「サファル」とすれば「数を数える」、「スィペル」が「話す」、「スパル」が「語られる」、「セフェル」が「本」になる。

そしてこれらの単語は「ニクード」をとってしまうと、すべて同じ字面になるのだ。

だから YHVH(YHWH) は「ヤハウェ」とも読めるし「エホバ」にもなる。



こうして見ていくと、セム語派の民族では、漢字を使う民族とはまったく異なる語彙群の構築が行なわれていったことがよくわかる。

その子音と母音の位置づけは、ぼくたち日本人の想像をするところとはまったく別次元にあることに、ある種の感動さえ覚えるのである。



最後にひと言。

アラビア語を勉強しようと思ったら、なにはともあれ大きなサイズの字で書かれた学習書をまず選ぶことだ。そうでないと、初心者には手に負えない。

初心者向けなのに、アラビア文字が小さいうえに、シャクルもついていない語学書があるけど、いったいナニを考えてるのか、だ。