2012年3月1日木曜日

世にもふざけた講演会(怒り心頭)

2/28の「映画だけで完結しない映画作品の感想」という題のブログで、ぼくは実話の映画化、およびドキュメンタリー映画について、三本取り上げると書いた。その第一弾が「127時間」だったわけだ。

本来、このブログの「映画」ラベルで取り上げる作品は、原則としてぼくが見て「よかった!」と思えるものにかぎっており、例外的に「風と共に去りぬ」の字幕はねえですだ、という話とか「レッド・オクトーバーを追え」のロシア語→英語問題は書いたけど、まあそれはご愛敬レベルのことで、基本は、個人的趣味に偏ってるかもしれないが、自分としてみなさんにおすすめできる映画だけを取り上げてきた。

あんまり批判めいた話は、愉快じゃないですしね。

そういう意味では、前回はじめてこのコーナーで「127時間」を題材に、批判的な切り口を展開した。

しかし、このテーマで予定していた残り2作品「A」「B」は、いずれも日本のドキュメンタリーなのだが、これは批判的切り口ではなく、ドキュメンタリーについてこういう見方ができるのでは、という意味で取り上げるつもりだった。

ところが――




本日、2作品のうちの「A」の監督について、ガラッと見方が変わってしまう講演ビデオに遭遇してしまったのだ。

それは腹立たしいというレベルを超えるものだった。

だけど、菅直人批判で自分も汚れることを学んだいま、ちょっと「A」の監督についてすぐ書くことはやめようと思った。

だから作品「A」についてふれるのはおあずけにする。同時に、まったく無関係の「B」のほうについてふれるのも、少し間を置きたい。



と思ったが……。

やっぱりそれなりのことを書きます。正直、煮えくりかえった腹わたがおさまらないという部分もあるので。

うん、ブログで露骨に感情的になるのははじめてかもしれないぞ。

なお、以下の話だけでアルファベットが表わす作品や人名が即座にぜんぶわかったら、あなたはそうとうな映画マニアです。



作品「A」というドキュメンタリー作品の監督を仮にCとしよう。

Cがまだ30代のときに監督したドキュメンタリー「A」は、内容的にも相当物議を醸すのと同時に、日本映画界で高い評価を得た。1980年代前半の作品である。

その完成からさほど間を置かず、そのCがチーフ助監督としてスタッフに加わった「D」という映画が制作された。

戦争末期に起きた忌まわしい事件を題材に、昭和を代表する大作家Eが書いた「F」という小説を、これまた昭和の日本映画界を代表する監督のひとりであるGがメガホンをとって映画化した。

1980年代なかばの作品である。



その作品には、人気俳優Hの兄Iや、若き日の男優J(いまや押しも押されもせぬ大スター)も主役級で出ている。

ぼくはそのうち、この「D」という映画を、「これはすごい」とこの映画コーナーでほめまくろうと思っていた。実際「D」は国内のみならず、海外でも高い評価を得て、G監督の代表作のひとつといって差し支えない存在である。

だが、まったく偶然に、きょうYouTubeで二分割されたある講演の動画を見て、評価が一変した。激しい怒りを感じた。



ドキュメンタリー「A」を撮ったCは、実話をもとにしたこの「D」という映画で、名匠のもと、チーフ助監督を務めたのだが、Cは、撮影のために動物一頭を殺した。

たんに殺したというだけではない。およそ考えられない残虐な行為で殺した。

だが、これが100%過去の話なら、動物愛護における1980年代当時の日本の感覚と、いまのそれとの違いとか、映画制作現場の熱気が無反省に行動させたという理解もでき、「いまじゃ、そんなやり方、世の中が許さないぜ」で終わっただろう。



ところがである。

きょうぼくが偶然見つけた動画というのは、このCが、いまから5年前、2007年夏に行なわれたG監督の代表作「D」の上映会後に行なわれた講演会で、嬉々とした表情で、20年ほど前に動物を無意味に、無残に殺したことを、無反省に、目を輝かせ、ニコニコ笑いながら、えへへと言いながら、得意げに語っているのである。

しかも、この映画のほんとうの成功は、その行為を行なったことにある、とまでハッキリ口にして。



それを黙って聞いたり、笑ったりしている聴衆も聴衆だぞ。

それにしても、2007年でこの感覚はどういうことだ。しかも分別盛りの年齢もとっくに超えた60過ぎで、動物虐待を虐待と思わず、得意げに話すバカがどこにいるんだ! こいつはバカだ! サイテーだ!

もしもこの講演会にぼくが出ていたら、大口論になったことは間違いない。糾弾せずにおくものか、だ。



とにかく「D」という名画に対する評価は一変した。

虐待を提案したチーフ助監督Cが勝手にやったのではなく、監督のGも事前に承知していた。そして主演俳優たちもG監督の指示によって、動物虐待の映像を見ながら、演技の参考にしたという。Cがそう得意げに言ってるのだ。だから迫真の演技ができたと。

ふっざけるな、である。



とりあえず、こいつがやったことだけ書いておこう。

彼は、人間の生体解剖の場面をリアルに描くために、人間とブタの皮膚組織などが類似していることを知ると、神奈川県にある獣医を養成する学校へ行き、獣医たちに俳優の設定と同じ手術服を着せ、「この映画の台本どおりにブタを生体解剖してください」と頼み、それを撮影した。

昭和20年の手術器具はなかったので、昭和23年のを使いましたと、マニアックに語るC。

そして監督Gは、メスで皮膚を引いた瞬間、なにも変化が起こらず、ワンテンポ遅れて血がポツンと出るところがいたく気に入って、それを使った。

もちろん、そのあとの場面もだ。生々しく動く内臓にもメスが入る。



事情も知らずに映画を見たとき、この場面には、たしかにぶっ飛んだ。

でも、こんな舞台裏があるとは想像もしなかった。

なんでもかんでもCGだろ、特殊メイクだろ、で納得できる時代の作品ではない。だから、微妙にフィルムのトーンが違っていることから、どこかの医大から実写フィルムの提供を受けたのだと思っていた(補足:この映画はカラーではなく、モノクロである)。

それが、なんと生きているブタとは。心臓が動くところを撮りたいので、安楽死さえ、させていない。

麻酔したから痛くないでしょ、で済む問題じゃないだろ。



生体解剖という大罪を取り上げた作品を撮るのに、自分たちが生体解剖やってどうするんだ。

この罪によって絞首刑を宣告された医者や軍関係者と同じことを、それから40年も経って、おまえらがやってるんだぞ。

そのことに気づかないのか。

え? 獣医たち。動物の命を救う獣医が、どうしてこんなことに協力できたんだ。



依頼を承諾した獣医も獣医だし、監督も監督だし、俳優も俳優なら、映画会社も映画会社だし、当時はまだ生きていた大作家もそうだ。作家のモラルはどこにいったんだよ、キリスト教徒のくせに。

自分が小説で大罪を追及しながら、その小説の映画化でブタ一頭が生体解剖されていても平気なのか。

私は知りませんでした、じゃ済まされないだろう。それとも、ブタは神に召されました、とでもいうのか。

なにがキリスト教徒だ。



みんな、どうかしてるぞと思うが、それでも昭和末期の感覚なんて、こんなもんでございますというだけなら、ぼくはなにもこんな激しい怒りを感じない。

もしぼくが愚かにも、若いころにこういう映画制作に手を染めていたら、恥じ入って、絶対に墓場まで封印だ。

なのに、2007年という時代になってもなお、得意げに目をきらきら輝かせて「ね、すごいでしょう?」と言いたげに聴衆に自慢話として語るCのおぞましさ。

「あの台本のとおりにね、まるまる生きたブタを解剖していったわけですよ」と、えへえへ笑いながら、包丁を叩くようなしぐさをするC。

「最後は台本どおり、この映画の設定どおりなんですが、最後はブタが――こう心臓なんかバクバクいってるシーンもぜんぶ撮っていってですね、最後はブタがやっぱ死んでいくわけですわ、アレ。ね?(親指を後ろに立て、超うれしそうに笑い声まじりで)」

なにがそんなにおかしいの?

どうして笑えるの?

こいつが、ドキュメンタリーの鬼才だとか、それなりに評価されているおぞましさ。



よって、もはやこいつが撮った「A」という作品なんぞにふれる気はなくなったのである。

とばっちりで、「B」を紹介しそびれることになったのは残念だが、こちらはいずれ機会もあるでしょう。