2012年2月7日火曜日

不謹慎とか不適切ということではなく

自殺対策強化月間の標語「あなたもGKB47宣言!」に対して、こんなまじめなテーマにおいてAKB48をもじるとは不謹慎だとか、不適切だという批判があいつぎ、けっきょく撤回&ポスター回収になったけど、元マスコミ業界人としていうなら、そういう問題じゃなくて、内閣府は、まったく別のセンスでダメなんである。

それはなにか?





ようするに、若者たちのことなどなんにもわかっていない霞ヶ関界隈のオッサンたちが、急にAKBのノリを使おうとすることじたいが、いかにも軽薄で、計画ぜんたいが薄っぺらにみえる。そこをわかっていないところが、恥ずかしい。

そう、このネーミングは、ぼくに言わせれば「不謹慎」とか「不適切」ではなく、「こっぱずかしい」のである。



GKB47という名前を自殺防止の標語に使っていいとすれば、それはAKB48の生みの親である秋元康さんが、このプロジェクトの委員長に招かれた場合にかぎるだろう。

それ以外のオッサンが「GKB!」「おお、いいですねえ、それ!」とやるのは、「うちのダサいオヤジったら、娘のご機嫌とるために、わかったフリしてるんでやんの」に近い感覚で若者たちから受け止められる。

そこがわからないところが、兵庫県知事のあの見事な勘違い発言と同種なのだ。

自殺に陥りそうな人を助ける支援者をゲートキーパーというなら、そしていま「旬」の現象の力を借りたいと思うなら、サッカー男女代表のゴールキーパーである川島と海堀を使ったほうが、まだマシというものだ。



べつに若ぶっていなくても、若者の流行現象とかに造詣が深くなくても、人間としてのバランスがとれていれば、こういう標語がいいか悪いかの判断は、40になっても50になっても60になってもできるはずである。

AKB48のメンバーの名前をひとりも知らないようなオジさんやオバさんだって、「GKB47」がいいか悪いかの判断はできるはずなのだ。

その判断ができない官僚や政治家には、若者にかぎらず、一般成人や、お年寄りに至るまで、皮膚感覚で国民の気持ちがわかった行政などできるはすがない。