2012年2月5日日曜日

いろんな外国語⑩ノルウェー語-現地でまったくしゃべる必要がなかった言語

2008年の夏の終わり、『感染列島―パンデミック・イブ』(文庫化のさいに『感染列島――パンデミック・デイズ』と改題)の執筆取材のためノルウェーに行くことになり、一カ月前の7月から、付け焼き刃スペシャルでノルウェー語をはじめた。

いま思えば、これがマルチ言語勉強のきっかけではあったが、そのときは必要にかられた必死さがあった。

というのも、オスロとベルゲンの両都市に加え、事前にはどこにあるのかけっきょく情報の具体性に乏しかったムンクの別荘を探すために、オスロの南方オースゴールストランまで鉄道の旅、さらにソグネフィヨルドを鉄道と船で回る全行程が、現地のコーディネーターもガイドもなしのひとり旅だったからだ。

その旅を、現地のことばをひとことも理解しない状態で行くのは、いくらなんでもまずいだろう。





おもえばぼくの人生初の海外旅行はギリシア→エジプト→ケニア→パキスタンという常軌を逸したルートをたったひとりで回るものだったが、あのときは遊びという気楽さがあった。

それに、いまと違って音声語学教材を容易に入手できる時代ではなかったから、最初からことばを覚えて行こうなんて、まるで考えていなかった。

しかし、2008年のときは仕事である。しかも小学館に旅費も出していただいて、「行ってみたけど、目的の場所は探せませんでした。なので、ノルウェーの場面はやめます」では済まない。



そこで「CDエクスプレス ノルウェー語」と「ゼロから話せるノルウェー語」の二冊を買って勉強しはじめたのだが、旧ホームページにも書いたように、Jeg(英語のIに相当する)を「ヤイ」と発音し、「すみません」に相当するUnnskyldを「ウンシュル」と読むといった綴りと発音の乖離に、いきなり当惑。

あるいはHvor(どこ), Hva(なに), Hvem(だれ), Hvorfor(なぜ), Hvilken(どの)という疑問詞の数々がHvという綴りからはじまること、定冠詞が名詞の前ではなく、なんと後ろにつくこと、そして聞き慣れない全体のリズムへの違和感などがあって、バスに乗ってノルウェー語のCDをウォークマンで聴いていたら乗り物酔いをしてしまったほどだった。



たった一カ月での特訓といっても、個人的に家庭教師がついたわけでもなし、できることにはかぎりがあり、行きの飛行機でも、なお語学書と首っ引きという状態だったが、でも、しゃべる気まんまんで現地に着いた。

ところが――

必死のカタコトでノルウェー語で話しかけると、どこでも返ってくるのは英語。無理してノルウェー語、話さなくていいですよ、って感じで。

そういえば先日、京都でレトロな珈琲店にふらっと入ってカウンターでエスプレッソを飲んでいたら、隣に白人のカップルが座った。マスター、おもいっきり力を込めた巻き舌の英語で「○△×▼order?」ときいたら、流ちょうな日本語で「すみませ~ん、コーヒーふたつください」と言われてこけてたけど(笑)、それに似た感じである。


ホテルスタッフのみならず、ノルウェー人のほとんどが英語をバイリンガル級の流ちょうさでしゃべるというのを知って、拍子抜けもいいとこだった。

これは首都オスロにかぎったことではない。前述の、ムンクの別荘があるオースゴールストランという海沿いのフィヨルドに面した田舎町(といっていいと思う)までなんとかたどり着いたが、駅前はがらーんとしてタクシーの一台もなく、バスターミナルのそばにある売店までとぼとぼ歩いて行った。

そしていかにも「地元~!」という感じの店番のおばちゃんにタクシーを呼んでもらいたくて、「すみません、英語しゃべれますか?」と、これだけは覚えたノルウェー語でたずねたら「スコシダケ」なんて、遠慮がちに答えたと思ったつぎの瞬間、ぺらぺらぺらぺら。

そういうのを日本では「英語ペラペラ」っていうんだよね、というレベル。



というわけで、あれだけ苦労して取り組んだノルウェー語は、素朴な田舎町でもまったく出番なし!

ホテルのフロントで鍵をもらうとき、せめて部屋番号はノルウェー語で言うのだが、返ってくるのは英語オンリー。

「お客さま、その程度のノルウェー語でしたら無理してお使いにならなくてもけっこうです」、と同情されてるんだな、という被害妄想に突入するのであった。



とはいえ、街に出ればみんながしゃべっているのはノルウェー語である。道路標識も駅のアナウンスもそうだ。パン屋に入ってショーケースを覗けば、そこに記してある品名には英語の表記はない。

だから情報を見聞きするという点では、少しでもかじっておいてよかったとは思う。なので、いまでもノルウェー語の勉強はつづけている。



それにしても、これだけみんなが英語をしゃべれる国って、なんなんでしょう。