2012年1月30日月曜日

いろんな外国語⑨ゾンカ語―すてきなロイヤルカップルが運んできてくれた言語

さまざまな外国語に手を出しているからといって、どれもこれもその国の新聞やテレビやネットを理解できて、その国の人と話せるように、とがんばっているわけではない。

③キニャルワンダ語のところで書いたように、歴史的な事件に興味を持ち、その舞台となった土地の言語にふれてみたいと思って、教材を取り寄せることもある。

で、ゾンカ語に関しては、来日したあの国王と王妃を拝見した瞬間に「どんな言葉なのか聞きたい」と思った。




ワンチュク国王とジェツン・ペマ王妃の来日は、なんというのかな、よどんだ空気漂う日本に、さわやかな風を吹き込んでくれた、という感じだった。

で、ブータンの公用語であるゾンカ語の音声教材を取り寄せた。



素朴な響きの言語だなあ。せわしないアメリカ英語とは、もうテンポからして天地の差だ。

「クズ サンポーラ」 こんにちは、という短い会話ぐらいしか、まだ覚えていないけど、単語ごとではなく、子音ごとに、高声調か低声調かが決まっているために、独特のゆったりとしたメロディが奏でられる言語。



形容詞の修飾・被修飾の関係は、日本語と逆でフランス語やスペイン語と同じく、修飾する名詞のあとに形容詞がくるけれど、基本的な語順は日本語と同じだ。

それから動詞は「行く」を唯一の例外として、時制による変化はないし、人称による変化もない。動詞に活用がないというのは、言語学習において、とてつもなくラクチンな要素である。



それにしても、これがほんとの王室外交だ、と思った。

とても謙虚なおふたりなのに、立ち居振る舞いに少しも人工的なものがなく、そして無邪気なまでに自然体。

そこに多くの日本人は惹かれたのだと思う。

もちろん、王妃が美人であることも大きな要素だが(笑)。



ふり返ってみれば、秋篠宮殿下と結婚なさったばかりころの紀子さんも、とても自然で微笑ましかった。なのに、若いカップルの初々しいしぐさに対してすかさず苦言を呈するうるさ方が、皇室内とか関係者にいたことは記憶に新しい。

そういう感性には、いまどきの国民はついていきっこない。

ブータン国王夫妻に対する称賛の声は、いまの日本皇室がなにを失ってしまったのかを知らしめる重要な反応といえるだろう。



それでも秋篠宮ご一家には、依然として自然体の魅力が失われていないと思うし、ロイヤルファミリーとしての魅力がある。

それから、殿下がときおりなさる自己主張には頼もしいものを感じる。

もっと、どんどんご自分の見解をおっしゃればよいのだ。女性天皇問題も、政治家とか正体不明の有識者などにまかせず、当事者である皇族の意見をきちんと聞くべきだ。



いまから三年ほど前だったか、美しい紅葉に染まる京都の名刹の境内で、品のよい高齢のご婦人と、初対面なのに長時間話し込んでしまったことがある。

「秋篠宮殿下にがんばっていただくしかありません」

皇室を敬愛する人ほど、強くはっきりとそういうことを言う時代になった。



ゾンカ語から話がそれたが、ブータンは行ってみたい国の上位にある。