2012年1月17日火曜日

地図が消えた日

早いもので、もうあれから17年。

親戚が被災したので、早い時期に神戸に入ったのだが、呆然とさせられたのは、頭の中にきちんと入っているはずの親戚宅へのルートが、崩壊家屋によって道が埋め尽くされたために、まったくわからなくなってしまったことだ。

道も建物も消えてしまうと、脳内にたくわえてあった地図もいっしょに消えた。

「地図やコンパスなんか持たなくても、ちゃんと覚えているから、たどり着ける」という確信が、根底から崩壊した。






神戸市内の避難所で一夜を過ごしたが、大都会に人工の明かりがまったくなくて、夜空の星が燦然と輝いていた。

あの満天の星空は、一生忘れることがないだろう。



それにしても、あれからたったの16年後に、超弩級の震災がまたやってくるとは、プレートのせめぎあいの上に乗っている日本列島は、いかに不安定な存在か。

その地域で100年に一度とか、確率何パーセントということより、日本列島全域で見た場合にどうなのか、というほうが重要だ。

15年から20年にいっぺんは、我々日本国民はこういう事態に国として遭遇すると思っていたほうがいいかもしれない。



それで、その後、既存原発の津波対策とか電源喪失対策とか、できるところからちゃんとやってるんだろうか?

「絆」とかなんとか言ってるより、いまできる具体策とその進み具合をきちんと教えてもらうほうが、よっぽど大事だと思うのだが。



原発の新設工事を中断したうえに、老朽化した原発を40年(60年まで可?)延々と使って廃炉とするなんてことより、新しい原発にどんどん切り替えて、古い原発をさっさと廃炉に向かわせ、そのうえで新しい原発を代替エネルギーに早めに切り替える、というプランのほうが安全面ではるかに合理的だと思うけど、そういう意見とか、がれきや廃材を安易に他府県で受け入れるなという、ある意味まっとうな意見を言いにくくなっているところが、すごい国だと思う。

原発を自動車にたとえるなら、新車は一台もつくらず、車検切れで故障だらけの車ばかりが街や高速を走ってるような状況になってもいいというんだから。



八ッ場ダムだって、民主党のマニフェスト違反だどうだと騒ぐより、原発に替わるエネルギーとしての水力発電が増えて困ることはない、という論理で一発OKだと思うんだけど、原発ぎらいの人は、こういう問題ではなぜか発言しない。

太陽エネルギーや風力エネルギーは大歓迎だけど、ダムは依然として悪者なのだろうか。



まあ、いろいろ思うところのある1月17日だった。