2012年1月26日木曜日

あの発声法は小澤征爾のひとことから

三島由紀夫と小澤征爾のことを書いたけれど、こんどは小澤征爾と劇団四季の浅利慶太の注目すべき関係について。

このブログでも旧HPでも何度か書いているが、劇団四季の「母音法」による発声は、それはそれはハキハキしていて、四季の舞台でセリフが聞き取れないということは絶対にない。

ただし、これには好ききらいがある。ぼくは好きだが、抵抗がものすごくあるという人もいる。





ミュージカルの舞台では、さほど気にならなくても、四季のストレート・プレイ(歌のない、正統派演劇)の舞台になると、慣れない観客は相当とまどうだろう。

セリフから子音を取り除いて、母音だけで稽古をすると言われているそのシステムによって完成された舞台では、セリフをしゃべっているとき、役者は表情筋を使って微妙な表現をしようと思ってもできなくなる。「あいうえお」を明瞭に発声することに表情筋が優先的に使われてしまうからだ。

ときにそれは、美しい女優の表情をデフォルメすることさえある。とくに前のほうの席で見ると、それが手に取るようにわかる。



しかし、それでいいのだ。

という割り切りができない人には、おそろしく違和感を覚えることも間違いない。現に、ぼくの友人のひとりは、「四季のアレにはついていけない」と言う。



言い伝えによれば、この独特の発声法は、小澤征爾が、オーケストラの中でピアノの音を突き抜けるように聞かせるためには、一音一音が真珠の粒のように揃っていなければならない、と言ったことに浅利慶太がヒントを得て思いついたのだという。

たとえば三島由紀夫・原作の「鹿鳴館」の四季バージョンは、この発声法があればこその迫力ある舞台になっている。



ところで、これはたしか四季のHPで読んだ覚えがあるのだが、浅利慶太は帝国ホテル旧館でカンヅメになっている三島由紀夫によく呼び出されて、書いたばかりの原稿を読まされたそうである。

あるとき浅利がなにかの席で「三島由紀夫は柿の木だ。甘い柿もあれば渋柿もある」(傑作もあれば駄作もある)と言ったとき、本人が通りかかり、その本人にも同じことを言ったら半年間口をきいてもらえなかった、というエピソードがあるらしい。



その三島は、ぼくが大学一年のときに、わずか45歳という若さで衝撃的な死を遂げ、浅利はその後、21世紀になって70を超えた時期に、四季ではじめて三島作品を手がけた。それが「鹿鳴館」。

人のつながりの歴史は奥深い。