2012年1月12日木曜日

前代未聞の衣装@溝口版「新・平家物語」(1955)

およそ平清盛を映像化しようという制作者で、この映画を見ない人はいないと思う。

巨匠・溝口健二の「新平家物語」。堂々の総天然色である。

冒頭の群衆シーンがすごい。CG技術でごまかしのきかない時代、この撮影に臨むスタッフの意気込みが押し寄せてくる。

ことしの大河ドラマ「平清盛」を、徹底した時代考証によるリアリズムというコンセプトに導いたのは、ひょっとするとこの作品のオープニングかもしれない。

圧巻である。






この作品での平清盛は市川雷蔵。本作は雷蔵の出世作となったが、清盛のイメージからすると、ちょっと線が細いかな。

でも松山ケンイチの清盛と相通ずる、キャスティングの意外性がある。

ところで、昨年出した『十三匹の蟹』に詳しく書いたが、古典「平家物語」をベースにして平清盛を描くときに、そのドラマ性を高めているのが平清盛の出生の秘密だ。



出家し、六十代になっても女性関係が盛んな白河法皇は、後宮のひとりで、白拍子(しらびょうし・男装の踊り子)出身ともいわれる祗園女御(ぎおんのにょうご=あるいはその妹という説も)に子供を孕ませた。

『平家物語』の巻六『祗園女御』の段によれば、あるとき白河法皇は、腹心の武士・平忠盛に、手柄の褒美として祗園女御を妻として与えた。お腹に自分の子がいることを承知で。

そして生まれたのが平清盛というのである。



白河法皇の落胤だから、清盛は異例の取り立てを受ける。

一方で、白河法皇の子供(堀河)の子供(鳥羽)の、そのまた子供つまりひ孫が後白河法皇で、のちに権力を握った平清盛に対し、あるときはその権勢に屈辱的なまでにふり回されながら、つねに清盛追い落としを狙ったのが、この後白河法皇である。

だから愛憎劇が面白くなる。



さて、話を戻すが、溝口版「新・平家物語」では、白河法皇から平忠盛の妻になれと命じられ、じつは法皇の子・清盛を出産した祗園女御を演じるのが、当時37歳で妖艶さの盛りである木暮実千代だ。

この木暮実千代が忠盛に嫁いでからの衣装がすごいんである。

だって、胸の谷間もろだしなんだから。



戦前における映画界入りが木暮より二年先輩の高峰三枝子は、上原謙と組んで法師温泉で撮影した国鉄のフルームーンのキャンペーンCMで、その豊満なバストが話題になったが、それに負けるとも劣らぬ「きょにゅー」ぶりを、よりによって平安末期の武士の妻という衣装で見せつけるのだから、どうなってるんだ、これは?



平忠盛の妻、平清盛の母が、どうしてこんな胸の谷間を、ほらごらんなさい、と言わんばかりに見せつけるような衣装を着ているのだろうか。

ありえんでしょ。冬になれば京都は寒いし(笑)。

溝口監督らしからぬ、観客動員のためのお色気サービスショットとしか思えない。



なんせ、製作配給は大映であり、そのオーナーはあの永田雅一。現在の千葉ロッテマリーンズにつながる毎日大映オリオンズ(大毎)のオーナーでもあり、右翼の超大物・児玉誉士夫とも交流があった政界のフィクサーのひとり。

永田ラッパの一吹きで、「木暮実千代の胸を強調しろ!」という命令が飛んだのは想像に難くない。

そのオーナーの絶対命令に、さしもの溝口監督もさからえなかった。と、ぼくは勝手に推理する。

溝口監督にしてみれば、遺作のひとつ前の作品である。当時の57歳といえば、いまと違って完全な老境といってよい。真っ向から永田オーナーとケンカする気力はなかったか。

もちろん、ぜんぶぼくの想像である。



でも、こんな時代考証でいいのか?

兵庫県知事に言いつけるぞ。

きっと喜ぶから。