2011年12月6日火曜日

小鳥の森


戸隠スキー場の近くに建つ、ちょっとヨーロッパのスキーリゾートにありそうなコッテージ風のお店。これが『ウイニングボール』で「ピザとパスタの店 スノーバード」として登場した、「ピザとパスタの店 小鳥の森」である。

一週間ほど前の写真で、すでに周囲は雪景色だ。

この小鳥の森のオーナーシェフである秦孝之さんが、戸隠遭対協(=戸隠エリアの民間山岳救助隊)の救助隊リーダーを務めている。

『ウイニングボール』のあとがきから一部抜粋しよう。



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きっかけは戸隠高原で、すばらしくおいしいパスタを出してくれる「小鳥の森」という、こぢんまりとしたログ造りの可愛いイタリアンレストランにちょくちょく立ち寄るようになったことだった。

「岩魚と高原野菜の和風パスタ」という、よその店にはまずない絶品のメニューに惹かれたからだった。

つまり、事のはじまりは「おいしい食事」だったわけだ。


何度か通ううちに、同店のオーナーシェフの秦孝之さんが、長野県遭難防止対策協議会・戸隠地区(略称・戸隠遭対協)における山岳遭難の救助隊員(現・救助隊リーダー)でもあることを知った。

そして興味をそそられたのが「遭難が起きたら、パスタがつくりかけでも、お客さんがいても飛び出していきます」というひと言だった。



秦さんは保江夫人とふたりで店を経営されている。そこに戸隠や黒姫方面の山々で遭難発生という知らせが県警から遭対協にくると、遭対協の隊長から出動要請の電話が各メンバーに入ってくる。秦さんは、出動要請順の最上位にある。

すると秦さんは、まるで新聞記者からスーパーマンに変身するように、エプロンを腰に巻いてピザを焼いたりパスタをゆでているシェフの姿から、十分かそこらでヘルメットをかぶり、ザックを背負い、カラビナ類をたくさんさげたハーネスをつけて、ザイルを肩に巻いたレスキュー隊員の姿に早変わりとなる。

その様子は本文に描いたとおりだ。

そして食事中の来客に「すみません、すみません」と断りながら、レスキューに出動していくのである。あとのフォローは奥様がやることになる。

ただし、秦さんが絶対に奥様に代理でつくらせることのないメニューがある。それが「岩魚と高原野菜の和風パスタ」なのだ。(以下略)

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山岳救助というと、ともすれば映画やマンガなどで県警の救助隊にスポットが当てられがちだ。

だが、その一方で『ウイニングボール』に書いたように、かつては北アルプスなど高山における山岳遭難事故のヘリレスキューは、東邦航空という民間のヘリ会社なしには語れないし、地上からの捜索は、秦さんのように、ふだん仕事を持っている民間人ボランティアによる救助隊に依存するところが大きい。



このことについては、もう一回、稿を改めて書くことにするけれど、『ウイニングボール』を通じて読者のみなさんに知っていただきたかったのは、山の遭難者を助けるのは、遭難者と同じ民間人である、という点だ。



ところで、写真の岩魚と高原野菜の和風パスタは出色のメニュー。くわしい作り方は、『ウイニングボール』の作中に出ているが、はたして同じ味が出せるかどうか…。

また「小鳥の森特製サラダPizza」は生地に蕎麦粉が入っていて、なかなかほかでは味わえないスッキリした食感。奥様の実家で栽培する旬の野菜に生ハム、アクセントとして“蕎麦の実”を揚げたものを加え、自家栽培したバジルソースの香りがすばらしい。



ぼくは厨房に入って、これらのメニューをつくるところを見せてもらったが、「小鳥の森」のよい点は、それぞれの料理がじつにこだわった手づくりでありながら、「こだわり」や「手づくり」を表立って謳わないという、オーナーシェフのプロ意識にある。

大都市圏から離れた素朴なエリアに出店する人々は、なぜか「手づくり」とか「こだわり」というフレーズにこだわり、それを客に押しつけるようにメニューにも書き並べてアピールしがちだが、そういうウリのお店の味は、概して都会では勝負にならないレベルであることが多い。



プロの料理人であるならば、手づくりもこだわりも当然の条件で、それをあえて前面に打ち出すことじたいが、じつはおかしいのだ。

東京、大阪、京都など食の都の一流どころで「うちはこだわっています」「うちはぜんぶ手づくりです」などとアピールする店があるだろうか? ない!

てづくりーので、こだわりーのな店主のメッセージがバリバリ張り出されているお店は、素朴さに寄りかかった、ひとりよがりの甘えがある。



そうした甘えを最初から排除したスタンスで、自家栽培野菜に「こだわった」「手づくりの」ピザとパスタを、当然のようにさらっと出してくれる小鳥の森の姿勢は、しっかりと料理のできに反映されて気持ちがいい。

おいしいものを食べ慣れている味の肥えた東京の編集者(笑)を連れていっても、みんな満足してくれる。



そうした店でありながら、いざ遭難者が出ると、シェフとしての顔よりも救助隊員であることを優先し、調理を中断して飛び出していく。

小説にならないわけがないのだ。