2011年12月30日金曜日

年末雑感④「礼」の文化が日本を歪ませる

熊本市役所のふたりが、若い部下の一度のミスを咎めて、高い昼メシをおごらせつづけていたという事件がありましたが、事件そのもののくだらなさもさることながら、その当人はまったく姿を現さず、加害者でもない上司が雁首揃えて記者会見で頭を下げるって、幼稚すぎませんかねえ。

いったい、いつから不祥事の記者会見で頭(こうべ)を深く垂れる儀式が定番となったのでしょうか。






それにつけこんで、記者も平気で暴言を吐くようになりました。とくに原発関連の会見ではそれがひどかった。

記者会見というより糾弾集会のような口調になったりしてね。



日本特有の「礼」の文化は、「失礼を咎めて、本質を咎めず」という非論理性に基づいています。

放射性物質を含むがれきの処理問題では、とくに自治体の長や関係者にそれが目立ちました。



失礼にならないこと――それも「被災者に対して失礼にならないこと」より、「自分自身が失礼な人間とみられないこと」を最優先にして、いろいろな判断が行なわれているようです。

記者会見でのつるし上げが怖いんでしょうか。