2011年12月29日木曜日

失われた5年を取り戻す

おはようございます(ツイッター風)。

本日の京都はよく晴れていて暖かいです。暖房を止め、窓を開けても平気という、数日前からは考えられない穏やかな天気です。






ことしは自分でもびっくりの「勉強の年」でした。

たぶん「失われた5年」(大学の)を取り返そうとしているんじゃないでしょうか。



「英語なんかでメシが食えるか!」

という超時代錯誤的な父親のひと言で、語学漬けの大学に行って将来は外国企業などで英語を生かした仕事につきたいという道を封じられて、けっきょく日本語でメシを食ってます(笑)。



まあ、いまの自分に後悔はまったくないけれど、悔やんでも悔やみきれないのは、スーパー一夜漬けの連続で、行きたくもない大学にたまたま奇跡的に入ってしまったものの、こんな学生生活のはずじゃなかったという不満から、大学時代を完全に遊びほうけてしまったことですね。

以前、本にも書き、HPにも書いたエピソードですが、繰り返しをご容赦ください。

都立田園調布高校から一橋大学を受験したのは6人いて、合格したのはぼくひとりだったんですが、その報告を聞いた担任の広部先生が言いました。

「吉村くんだけは落ちると思っていました」



担任の先生がおっしゃるんですから、その見立てに間違いはなかったんでしょう。どんだけ身の程知らずの無理を、父親から強いられたか、ですね。

それでも自分の望みで無謀なチャレンジをした結果の合格だったら狂喜乱舞だったんでしょうけど、たんに「行きたくもない大学以外を受けるのを禁じられ、浪人しても来年も状況が同じなら、浪人するだけバカらしい」という理由だけでがんばった結果の合格ですから、うれしくもないし「これからなにをして大学生活をすごせばいいのか」まったくわからない、空っぽ状態でした。



おまけに「京大か東大に行け。どうしても無理だというなら一橋『でも』いい」と絶対命令を出した京大出の父親は、ぼくが一橋に受かった日も、まずその日が合格発表日だということを忘れていたうえに、母親から合格の知らせを聞いても「ああ、そうか」のひと言でおしまい。

「よくやった」はひと言もナシ。たぶん「第三志望」では不満だったんでしょう。それはそれは、そっけないものでした。

ドラマにしてもらえませんか、この光景(爆)。



もし、いまのぼくが18歳にタイムスリップしたら、積極的に京都大学受験にチャレンジすると思いますが、それは大人になって京都という街の魅力を知り、勉強のやり直しの必要性を痛感したからであって、けっきょくは自分の意思でない進路を選ばされても、なんにもならないということです。

ただ、いきさつがどうであれ、大学の5年間(おまけに留年までしてるし)を遊びほうけたのは自分の責任だし、考えが甘かった。これは痛感。



でも、ことしの年頭から開始した語学漬け生活で、生き生きと勉強している自分をみますと、これが学生時代にあるべきだった自分のほんとうの姿なのかな、という気がします。

それに、当時といまとを較べれば、語学学習の環境は比較にならないほど整備されています。だから、失われた5年を1年で取り返すのは無理にしても、3年あれば取り返して余りある結果になるのではないかと思っているわけです。



取り返すべき人生が残っているとしたら、それをほうっておく手はない。

いまと昔とでは、時の流れの速度も密度も違うから、やり直しは決して不可能ではないと思うのです。