2011年11月4日金曜日

ボギー&雪洲 in 「東京ジョー」(1949)


テレビや舞台に携わったことのある人なら「セッシューを履(は)かせる」とか「セッシューする」という言い回しに必ず出会ったことがあるはずだ。

たとえば背丈の極端に違うふたりが並ぶとき、なるべくその身長差を目立たせないように、低い人のほうを台に乗せる。必ずしも「人」が対象とはかぎらず、「物」の場合もあるが、低いものを高い位置に持ってくるための台を「セッシュー」といい、それを使うことを「セッシューする」という。

ハリウッド生まれの造語で、早川雪洲の背丈を補うために、台が必要となるたびに、いちいちちゃんと言うのが面倒で「sessue」という彼の名前が、そのまま名詞&動詞になった。



雪洲の身長は172cmとも173cmとも言われているが、当時の日本人としては立派なもんだろう。でも、アメリカではそうはいかない。

前述の「チート」では、雪洲にセッシューを履かせたと思われるシーンは見つけられなかったが、主役の女優とだいじな場面では、女優に座らせてアクセントをつけている。


日本人俳優がハリウッドでそれなりにいい役をもらうには、英語力はもちろん、身長の高いことが不可欠だ。渡辺謙のように6フィートを超えないと、なかなか画面上で見栄えがしない。

役所広司の178cm(5フィート10インチ)あたりでも、物足りないぐらいだ。真田広之は、早川雪洲より低い。

ぜんぜん関係ないけど、ダルビッシュの196cmっていうのは、シュワルツェネッガーより8cmも高いではないか。

あのイケメンぶりを考えると、ハリウッド進出もじゅうぶん可能性ある。いや、野球選手にしておくのがもったいない。映画スターになってくれ!



話を戻す。

ハリウッドで大成功を収めた早川雪洲だが、やがてアメリカの空気が、徐々に日本人排斥の方向へと傾いていく。同時に、1920年代の終わりに映画はサイレントからトーキーの時代を迎えたために、雪舟にとってはダブルパンチとなった。

余談だけど、前回の記事でビリー・ワイルダーの「サンセット大通り」についてチラッとふれたが、あの映画はサイレント映画時代の栄光が忘れられない大女優という設定を、自らサイレント時代にその美貌で黄金期を築いたグロリア・スワンソンが演じており、同じく主役は「戦場をかける橋」でも主役級で登場したウィリアム・ホールデンだ。



で、サイレント時代に栄光を築いた雪洲もアメリカを去り、ヨーロッパに移った。やがて、第一次大戦では同盟国だった日米が真っ向から激突する第二次世界大戦へ……。



その大戦も終わり、日本に米軍が進駐した時代、あのボギーことハンフリー・ボガートが占領下の東京を舞台にした映画に主演することになり、どうしても日本側の主役には早川雪洲しかいない、と、懸命に彼の居場所を探したというエピソードが伝わっている。

還暦をすぎた雪洲は、パリで画家をやっていた。その彼をボギーが説得してスクリーンに引き戻し、撮り上げたのが「東京ジョー」(1949)だ。



ジョーとは、ボギーが演じる主役の愛称であり、「東京ジョー」は、彼が戦争前に東京で日本人と共同経営していたキャバレーの名前という設定。

オープニングは、富士山をバックに主演 Humphrey Bogart の文字がでかでかと。



富士山とボギー……なんかへんな感じだ。



そして焼け野原ですっからかんになった東京に着陸する飛行機の空撮から入る。これはちょっとした見ものだ。

それから日本に到着したジョーが、東南アジアっぽい輪タクでGHQのあった日比谷から銀座二丁目へ向かう場面では、なぜか沿道の風景で渋谷が出てくる。そして、なんと当時の大盛堂書店が映り込む! おー!



つづいて、かつて結婚していた元妻ティナ(ロシア人という設定で『デスパレートな妻たち』のイーディーによく似ている顔立ち)が住む中野コマエチョウに向かう場面では石炭タクシーが登場。現地ロケをした部分は、なかなか面白い。

途中で出てくるちょい役の元戦闘機乗り・通称「カミカゼ」が本名をきかれ、「カマクラ・ゴンゴロウ・カゲマサ」と名乗るところなんか、おいおいと思うのだが、まあ、ご愛敬。



で、早川雪洲は、あいかわらずの悪役である。

本日の写真は、1915年の「チート」(The Cheat)を撮ったころ、つまり30前の若き雪洲だが、年輪を重ねた本作での雪洲は悪役ぶりにも風格が出ている。

なお、今回の記事は身長にこだわるが、ハンフリー・ボガートは雪洲とほぼ同じ173cmだった。雪洲にセッシューを履かさねばならないのなら、ボギーだって背の高い女優と演じるときは、セッシューが必要だったのでは?