2011年11月20日日曜日

大迫力! シミュレーション飛行

いよいよレスキューヘリのシミュレーション飛行の場面。これは旧HPでもご紹介したことがあるショット。

パイロットはレスキュー飛行の大ベテラン関根さん。その隣でビデオを構えているのがぼくである。

前方に迫るのは前穂高岳。その右側の稜線は、吊り橋のようなカーブを描いて奥穂高岳へつながっているため「吊尾根」と呼ばれる。

では、『ウイニングボール』のあとがきからダイジェストでお届けしよう。






出発は、長野市エムウェーブから南に二キロ少々いった、犀(さい)川と千曲(ちくま)川が合流する河川敷にある長野エアポート。

関根パイロットの隣に私が乗り、後部座席には戸隠遭対協・救助隊リーダーの秦さん、ヘリレスキューの神様・篠原秋彦氏と組んで何百回(ひょっとしたら何千回か)もの山岳レスキューに出動した経験を持つ東邦航空の小松一喜・松本事業所長、そして担当の原さん。

つまり、ヘリレスキュー最高峰のプロフェッショナルである関根さんと小松さん、そして地上での救助活動のプロフェッショナルである秦さんという、現場でレクチャーを受けるのにこれ以上ない豪華メンバーでの出陣である。

搭乗機のラマは、パイロット一名だけの搭乗で12440mという、ヘリが到達した高度の世界記録を樹立、いまだにこの記録は破られていない。


(中略)


午前十時十三分、離陸。ヘリポートから飛び立つとすぐ、正面に真っ白な雪をかぶった山々を望むことができる。そして安曇野の上空を飛び、離陸から二十分ほどすると、純白の穂高連峰が雄大な姿で近づいてきた。しかし、ここまでは遊覧飛行の部類だった。

純白の穂高連峰の手前、雪をかぶった針葉樹林帯が密生しているため、純白ではなく、むしろ対比で黒っぽくみえる標高2565mの屏風岩が目の前に迫ってきた。

屏風岩の手前は、上高地を流れてきた梓川がぐんと狭まって横尾谷となって穂高連峰に向かって遡行していく。ここからが、いきなり素人には恐怖の本番フライトとなった。



山肌にぶつかるのではないかと思えるほど迫ったかと思うと、いきなり右旋回、そしてすぐさま左旋回、また右旋回。

文字でかんたんに「旋回」と書いても正確なイメージは湧くまい。実際は「横倒し」である。右に横倒し、まっすぐになったかと思うと、こんどは左に横倒し、ついで右に横倒し。もう素人目には、墜落していくとしか思えないのである。

うわー「本番どおりのフライトでおねがいします」なんて、とんでもないリクエストをしたもんだと思ったが、あとのまつりである。

いや、後悔などはしていない。北アルプス上空をヘリで撮影飛行した人は珍しくないだろうが、レスキュー隊員でもないのに、こんなハードなフライトを体験した人間はめったにいないだろう。もしかして、素人でははじめてか?


(中略)


ヘリは右に倒れたり左に倒れたり、純白の谷底へ突っ込むように降下したりしながら、真正面に標高3180mの槍ヶ岳を望む方向へ鼻先を向けた。

雪の槍ヶ岳の姿をこんなに間近に拝めるとは大感激。そしてヘリは槍から穂高への稜線を舐めるように左へ方角を変える。

右に標高3032mの南岳、左に3106mの北穂高岳。その両者を吊り橋のようにつないでいるのが、「恐怖の」という形容詞付きで語られる、右に落ちても左に落ちても千仞の谷底となるナイフリッジ「大キレット」である。

ここを積雪期に縦走する人がいるというのが信じられない。その信じられない雪の大キレットをナマで見ているという状況に感動する。


(中略)


やがてヘリは涸沢(からさわ)カールの東縁を成す北尾根沿いに南下し、標高3090mメートルの前穂高岳の脇をかすめるように近づいてから、3190mの奥穂高岳のほうへ鼻先を向け直し、両峰を吊り橋状につなぐ吊尾根を越える。


越えた瞬間、いままでで最高の「左横倒し」がきた。


実際には、左急旋回ということになるのだろうが……。そしてヘリの体勢がまっすぐに起きたとき、ゴジラの背のごとく、三つのピークが目に飛び込んできた。ジャンダルム、間ノ岳(あいのだけ)、西穂高岳である。とくに「衛兵」を意味するジャンダルムは、その名前の響きと特徴的なシルエットから、西穂エリアのシンボル的存在だ。


(後略)


次回は、この「いままで最高の左横倒しがきた」瞬間の写真をお届けする。