2011年10月31日月曜日

一種の人体実験

必要に駆られていれば別ですが、ぼくのように日本語だけを使う仕事に就き、扶桑社に勤めていたときは版権契約交渉などのビジネスで海外に行ったこともありますが、いまでは観光か取材旅行以外の目的で海外に行くことはなく、向こうに長期間住んだことも留学経験もなく、日常で外国語をまったく使う必要のない人間が、いっぺんに15カ国語を学ぶということは、もう人体実験以外のなにものでもないのかもしれません。

なんで? といぶかしげに目的をたずねられるのがオチです。






しかし、なんだかんだいって、ことしに入ってから300日間、語学漬けの日々はつづきました。いまもつづいています。まったく飽きがきません。

「ちょいかじり」程度だった8言語を、やはりこのたび日常的に勉強する「科目」に加えることにしましたので、先日ご報告したばかりの学習言語数が増え、現在23カ国語になりました。

追加分は、台湾語、台湾華語、上海語、モンゴル語、ベトナム語、ネパール語、トルコ語、スウェーデン語です。



先に書いたように、ネパール語はすでに学んでいるヒンディー語との、スウェーデン語はノルウェー語との混乱が心配で、台湾と上海で話されている言語にしても、中国標準語や広東語との混同がどうなるかという不安もありました。

だから本格的に取り組むのは後まわしにしようと思っていたのですが、考え直し、踏み込むことにしました。むしろ、類似言語をやっていることがメリットであるほうが大きいと思ったので。



300日間マルチ言語学習生活をつづけていると、ぼくのように「遅れてきた人間」の言語取得能力も、それなりに伸びる瞬間があることがよくわかってきました。

「遅れてきた」というのは、つまり頭脳が柔軟な子ども時代に外国語を吸収していない、後発も後発、超後発型の人間のことです。

こういう人間が、はたして吸い取り紙がインクを吸い取るように、スーッと脳に外国語を――しかもまったく未体験の言語を吸収する方法があるだろうか、ということは、非常に興味深いものがあります。



『妖精鬼殺人事件』をお読みの方は、あるいはオリジナル版の『京都魔界伝説の女』をお読みの方はご承知のとおり、魔界シリーズには迎奈津実という語学の天才少女が出てきます。そういうことが現実に可能なのかどうか、作者自らがトライしている、とも言えるわけです。



ただ、拙著『たった3カ月でTOEICテスト905点とった』で記したように、三カ月で英語の習得能力が飛躍的に伸びるコツをつかんだ経験があるので、一気に「常軌を逸した数」の言語にチャレンジする取り組みも、決して無謀ではない、という確信のようなものがあったのも事実です。

10年後ぐらいまで、いまのペースの学習をつづけられていたら、一冊の本を出してもいいぐらいのレベルにはなるかもしれませんが、300日間つづけてきただけでも、何度か「スコーンと抜ける瞬間」に遭遇しました。

そんな体験談も、おいおいこのコーナーでご紹介できればと思うのですが、最初に思った直感が絶対に正しかったという点で、つぎのことを、まず書いておこうと思います。



それは、「言葉とは、幼いこどもも使っている日常のコミュニケーション道具である以上、この世の中に難しい言語など存在しない」という確信です。

たとえば、いくらアラビア文字がミミズののたくったような線にしか見えなくても、アラビア語圏のこどもたちは、それを読んでいるし、仮に教育環境が満たされなくて読めなくても、アラビア語をしゃべったり聞き取ったりはできています。

そうしたことは、すべての言語に言える理屈で、こどもが成人するまでは難しすぎて使いこなせない言語なんて、一切ないわけです。

だから、以前にブログだったか旧ホームページだったかで書きましたが、

《どんな外国語も、その国のこどもが理解できるんだから、おとなのオレ様に使えないはずがない》

という信念を持つことは、決してドン・キホーテ的な滑稽な思い込みではなく、真実をついた大事なポイントだと、いまでは疑いなく思っています。



あとは、そのアプローチ方法です。これまでの経験で言えば、すべての言語に通用する共通の学習方法はない、と思います。



たとえば「書く」という点での違いをあげますと――

ローマ字ではない文字を使用する言語のうち、韓国語・ロシア語・アラビア語・ヒンディー語は、それぞれ単語やテキスト文をハングル文字、ロシア文字、アラビア文字、デーヴァナーガリー文字でノートに書きながら、音声を聴いたり、自分で発音したりしています。

音声だけの学習より、文字も書きながらのほうが、圧倒的に理解が早くなる。


でもタイ語に関しては、タイ文字の読み書きもいちおうやって、自分の名前ぐらいは書けるようになりましたが、会話や文法を学ぶときは、タイ文字なしの、発音記号と音声だけでやっています。

タイの人に怒られるかもしれませんが、ぼくからすると、タイ文字は表音文字として決して効率のいい構造にはなっていないように思えるからです。



子音字だけでも42ある点は、まだ慣れるとしても、母音符号が短母音で14種類、長母音で11種類、二重母音とその類似が11種類あり、これらすべてが42種類の子音字と組み合わさり、中には、やたらと構成要素の多い母音符号もあり、母音+子音の組み合わせで音を表わす表記方法が、ハングルのように合理的で簡潔ではないのです。

これでは、文字と併用で入っていったら、いつまで経っても先に進めないと思ったので、「文字を教わっていないこども」モードで、音に完全に頼ったアプローチにしています。

そういう点では、ハングル文字はすばらしくよくできたシステムだと思います。いつの日か、タイ文字をすらすら読める日がくればいいですが。

こんなふうに、その言語と自分の相性とを見極めながら、いろいろ違った学習法を自分で見つけていくのも、マルチリンガル・トライアルの楽しみのひとつです。



語学コーナーでは、ときどきこんな雑感も書いていきたいと思います。