2011年10月25日火曜日

戦場にかける橋(1957)


第30回アカデミー賞作品賞、主演男優賞ほか受賞。

原作はフランス人のピエール・ブール。そう、10月10日のブログ《ほんとうにあった「猿の惑星」 》で紹介した「猿の惑星」の原作者である。

日本軍の捕虜になり、「アジアの猿」にコキ使われた屈辱体験から「猿の惑星」は生まれたのだが、その前に、彼はもう少し事実に即した現実的な側面から小説を書いていた。

それがこの「戦場にかける橋」(Le Pont de la rivière Kwaï)。





タイとビルマを結ぶ泰緬鉄道建設の一環として、日本軍が、捕虜にした英軍兵士たちを使ってクワイ河に鉄橋を架けようとする。

ところが日本軍人の監督下ではまともに英国捕虜たちは働かない。そこでイギリス側の将校であるニコルソン大佐(アレック・ギネス)が、日本側の最高司令官斉藤大佐(早川雪洲)に、監督も含めてイギリス側にぜんぶ任せろと提案する。

しかも日本側が建設場所に選んだ地点は地盤が弱くて列車の通過に耐えられないから、場所も移動すべきだと。

けっきょく、すべては英軍の提案どおりに橋の建設がやり直されることになる。一見すると、日本軍に利するようだが、これは英国軍人の誇りを示す場なのだ、とニコルソン大佐は言う。



ときにニコルソンに対して斉藤は拷問のような仕打ちも行なうが、やがてふたりは心を通じあっていく。

だが、捕虜収容所を脱走したアメリカ人兵士シアーズ中佐(じつは階級詐称で、二等兵=ウイリアム・ホールデン)の情報を得た少人数の破壊工作チームが現地に潜入し、できあがったばかりの橋に爆薬を仕掛ける――



以下はみてのお楽しみだが、この映画で一気に日本でも知られることになったのが「クワイ河マーチ」だ。原曲は「ボギー大佐」という。

これをミッチ・ミラー合唱団が口笛をフィーチャーして吹き込み、日本でも大ヒットとなった。



50年代から60年代のポップスシーンを同時体験している方には、ミッチ・ミラー合唱団の存在は忘れられないだろう。この「クワイ河マーチ」をはじめ、「史上最大の作戦のマーチ」や「大脱走のテーマ」が爆発的にヒット。

ぼくも真っ赤なソノシート(なつかしい!)で何度も聴いた。

「クワイ河マーチ」(=ボギー大佐)は、運動会の入場行進曲としても、日本中の小中高校で使われた。この曲を聴くと、ぼくは映画のことより運動会を思い出すのである。



ところで、もう少し時代が下ると、こどもたちはこの曲を替え歌で覚えた。

「サル、ゴリラ、チンパンジー」である。これで歌った人も大勢いるだろう。



なんとなんと、日本人猿に捕まって屈辱的な思いをしたピエール・ブールは「猿の惑星」を執筆し、さらにもうひとつの映画化作品「戦場にかける橋」によって、その日本人に「サル、ゴリラ、チンパンジー」と歌わせることになったのである。

大笑い。

彼は1994年まで生きていたから、こういう替え歌が日本で流行っていることを誰か教えてやったら、「それはサルにふさわしい」と、感慨深げにうなずいたかもしれない。



最後に、冒頭の写真の場面について述べておく。

これは、ついに鉄橋が完成し、渡り初めの列車が接近しつつあるとき、ニコルソン大佐(写真左)と斉藤大佐(写真右)が、仕掛けられた爆弾の導火線を発見したシーンだ。

アレック・ギネスはこの作品でアカデミー賞主演男優賞をとった。そして早川雪洲も助演男優賞にノミネートされたが、受賞は逸した。

この早川雪洲については、また稿を改めて書くことにしよう。