2011年8月26日金曜日

米国流が許してもらえるか…な

国務省の元日本部長、ケビン・メアの「決断できない日本」(文春新書)を読みはじめた。

日本人と米国人の思考回路の差異を学ぶには、格好のテキストだと思って。

さっそく第一章からそれが出てきた。

3月11日、大震災発生の直後、アメリカ国務省では対日支援のタスクフォースが立ち上げられた。




そのとき国務省は、一日の勤務時間を三交代制のシフトにした。つまり、通常どおりだ。

これは震災当事国ではない余裕だという解釈もできるが、著者のメアによれば、「非常時にこそ人員にゆとりを持たせようとするのは、米国の変わらぬ発想」だそうだ。

そして、「米政府は長年の危機管理から、疲労した現場の要員が大きなミスを起こしやすいことを肌身で知っている」とつづける。



日本だと、非常時には「寝ていないことが自慢」になる。

実際、10年ほど前に食中毒事件を起こした大企業の社長が「私だって寝ていないんだ!」とテレビカメラの前で叫ぶと、記者のほうから「こっちだって寝てないんだ」と猛反発をくらい、消費者からも「社長が寝ていないのは当然だろ」とひんしゅくをかい、それがもとで老舗の大企業が倒れてしまったのは記憶に新しい。



社長がわめいたのは、睡眠不足からくる冷静さの欠如による失言だったとも受け取れるが、「非常事態では責任者は寝ずに対応するのがあたりまえなのに、いちいちそれを大層に言うな」という国民感情が、ついに名門企業を消滅にまで追い込んだともいえる。

そういえば、本日退陣表明をした総理大臣も、「一週間ほど眠れなかった」ことを、いかに震災対応に真剣に取り組んだかの証であるかのように語った。

不眠不休自慢は、日本人のDNAといってよい。



こうした「休むこと」に対する考え方の差は、日本のプロ野球と大リーグの練習方法や、選手起用の差にも表われる。松坂投手が、米国方式を受け入れられず、日本式を主張したあげく故障して、首脳陣から「それみたことか」と言われる事態になったのも、根は同じところにあるかもしれない。



いまの企業風土が一般的にどうなのか、すでにサラリーマンでなくなってから20年以上も経ってしまったぼくにはわからない。

だが、ぼくが会社勤めでいちばんキツかった時代――ニッポン放送の編成部に配属されていたときのある時期――は、直属の上司より早く帰ることが絶対に許されない空気が醸成されていた。

さらに、もっと時代をさかのぼれば、高校のバレーボール部時代では、休憩は罪悪だった。



そんな時代を過ごしてきたせいか、作家になっても「寝ない自慢」「休まない自慢」をする傾向が、ぼくには顕著にあった。

だが、何年前からと特定はできないのだが、ある時期から「けっきょく寝たいときに寝ることが、いちばん納得のいく原稿が、しかも結果的にいちばん早く仕上がる」ことがわかったので、ダメなときは、すぐ寝ることにしている。



そういう方向へ話を持っていくかね、と、恐ろしい目つきが飛んできそうなので、このへんにしておきますが(笑)。

しかし、作家は三交代シフトなんてできないんだよね。二交代ですら。

そうなると、やっぱり疲れたときには寝るしかない。



だが、「私だって寝てないんだ!」と、担当編集者に向かって叫ぶ勇気は、ないのであった。