2011年6月21日火曜日

頭の中に何がある?

「どういう構造になっているのか、一度、頭の中を見てみたいですね」

ぼくにかぎらず、推理作家という肩書きを持つ作家なら、一度ならずともこのセリフを言われたことがあると思う。

ちなみに、相手がぼくをホラー作家としてみているときは、一度も言われたことがない。

つまり、これは推理作家の頭の構造で最も重要なのは、トリックの構築だという先入観があるからなのだろう。推理作家にとって、トリックを考えることが最も難しい仕事だ、と、一般の方は想像するわけだ。

しかし、推理作家としてのぼくを悩ませつづけてきた重大な問題は、そんなことではない。

たしかにデビューから3年ぐらいまでは、トリックメイキングが最重要課題だったが、途中から、はるかに深刻な問題が浮上してきた。






なぜ人を殺す話を書くのか。

これが最大の難問である。



断っておくが、登場人物の「殺人の動機」を考えるのが難しいといっているのではない。



なぜ、人を殺す話を書いて、日々の生活の糧を得ているのか?

そこに、なんの意味があるのか、ということだ。



ぼくのようにミステリーとホラーを同じ比重で書いている作家は、そう多くない。というか、非常にまれだと思うけれど、ホラーを書いているときには、そもそもこんなヤヤコシイ「哲学的苦悩」は浮かんでこないのである。

ところがミステリーを書くときに、この問題が頭を離れない。

「推理小説」といえば、知的なパズルというイメージも出てくるが、その多くは殺人が関与する「殺人小説」である。

……で、人を殺すお話を書いてお金をいただくことに、ときどき「なにやってんだ、おれ」状態になるのは、ぼくだけだろうか。




較べることがおかしいのかもしれないが、お医者さんが一生懸命人の命を助けているときに、一方で「人をぶっ殺す」小説を書いて、お金をいただいて、これが私の職業ですと言ってるぼくみたいな人間がいるというのは、どういうことなんですかね、これは。



さすがに30代のころは、こんな悩みは抱えなかったけれど、でもその当時から、自分自身に対して予言はしていたのだ。おまえがこの仕事をずっとつづけていたら、必ずそのうちにひどい「壁」にぶつかるぞ、と。




予言どおり、その壁にぶつかった。1998年、46歳のときだ。

かなり深刻に悩んだ。それは「職業を変えようか」と真剣に考えたほどだった。

その年に新作書き下ろしがたったの2作しか出なかったのは、そのためである。




当時親しくさせていただいていた、ある推理作家の方から、こんど文庫化される作品のあとがきを書いてもらえませんか、と編集者を通さず、電話で直接頼まれた。

そういう関係だったのに、ぼくは相手の方がびっくりするような、とんでもない断り方をしたのだ。

「推理作家をやめようかと考えているので、ほんとに申し訳ないんですが、お引き受けできません。すみません」

あっけにとられたと思う。



「推理作家は、もうやめようかと思う」というセリフは、妻にも言った。場所まで覚えている。地下鉄銀座線の表参道駅のホームでだ。

なんのための外出だったのかとか、どういうタイミングでそんな言葉を出したのか、それは覚えていないけれど、そのセリフを言った直後に地下鉄が入ってきて、轟音で会話が途切れたのは覚えている。

「戦場」ではなく「戦争」を取材するジャーナリストに転身したい、と本気で思っていた。活動の場を海外に移したいと思っていた。




その苦悩の壁にぶつかって悶々としていたぼくを救ってくれたものが、ふたつあった。

「英語」と「一通のファンレター」である。




次回は、これについて書く。