2011年6月9日木曜日

告知:三カ月目を区切りに過去記事の一部を削除します

あと2日で、早いもので東北大震災から3カ月です。

いまや大震災というよりも大原発事故という捉え方のほうがメインになってきました。

この3カ月間、私もそうですし、みなさんもいろいろな教訓を得たり、考え込んだり、あるいは怒ったり、嘆いたり、いろいろあったと思います。

私もさまざまな感情を抱きましたが、最もさびしいと思ったのは、戦争以来の国難にあって、国民に勇気を持たせるスピーチをした政治家が、誰ひとりいなかったことです。

そのさびしい現実が、たとえようもない「どんより感」で日本を覆い尽くす最大要因だと思いました。





第2のさびしい現実は、政治家や行政の長や、教育機関や、あるいは一部の生産者などに「こどもに対する愛情」の欠落と、「こどもとはなにか」という価値観が欠落していることです。

もちろん放射能の基準値のことを言ってるわけですが、しかし、こどもの安全を願って、甘い基準値を批判している良心的な学者の人たちでさえ、忘れている視点があります。

それは、こどもとは、たんなる保護対象であるだけでなく、ごくごく近い将来の日本の原動力である、という視点です。



他人のこどもは育つのが早いと、よく言いますが、実際、こどもの成長は早いのです。私が専業作家になったとき、中高生でファンレターをくださった方が、いまや立派なお父さん、お母さんです。

私の担当編集者で、いまいちばん若い人は20代後半です。彼は、私が21年前に専業作家になったとき、半ズボンはいてランドセルしょって学校に通っていた小学校低学年の男の子でした。

その「半ズボン小学生」だった彼に、いまの私は「締切が遅れてすみません」とペコペコ謝り、「ここはこうしたほうがいいんじゃないんですか」と的確なアドバイスを受けて、おっしゃるとおりでございますと、原稿を手直ししています。

これが「幼いこども」と「一人前の大人」の、ごくごく近い未来の関係図なのです。



阪神大震災のとき小学生だったこどもたちは、全員が成人して、上級生だった子らは、まもなく30の大台に手が届こうとしています。そして、彼らがいまの関西経済の若き原動力となっているわけです。

つまり、こどもは10年後、20年後のおとなであり、彼らこそが傷ついた日本の復興を最前線で支えてくれる推進エンジンになるわけです。

国民共有の財産です。

その彼らを、絶対に傷つけてはいけない。そういう視点でこどもの保護を語る人を、ほとんど見かけないのはさびしいかぎりです。



ただ、前にも書きましたけれど、逆説的な言い方ではありますが、だいじな教訓も得ました。それは主義・主張では群れない、ということです。

以前から、私はそういう考えを持っていて、そういう人のつきあい方をしてきましたが、ますます今回の出来事でその思いを強くしました。

たまたま読んでいた「日本語ディベートの技法」という本に、いいことが出ていました。この本の著者は、NHKテレビ英会話の講師としても知られ、日本ディベート協会専務理事の松本茂さんです。

この本が出たのは2001年、つまりいまから10年も前なんですが、そこにこういう一節があります。



《原子力発電を推進したい立場でディベートする人は、相対する原子力発電廃止論者の考えを変えるということは、考えないほうがよい。その逆も同じである。

なまじ考えを変えてもらえるかもしれないという期待感をもって議論するのではなく、相手の意見は変わるわけではないが、ディベートにおける議論のやりとりを聞いている人たちには、自分の考えの正しさを理解してもらいたい、という発想でディベートを行えば、感情的になることを押さえられるはずなのだ》



これはディベート論にかぎらず、人間社会での生き方の原点となる指針のような気がします。

他人の意見を変えさせようというのではなく、自分の意見の論理性を高めていき、それに賛同する人が増えた場合は、意見そのものではなく、論理性の構築が評価されたという形で受け止める、という理解の仕方です。

意見の方向性だけで、人の価値は測れません。

さらに、こういうことも書いてあります。


《「自分の意見」というのは何だろう。
多くの人は、自分の意見を検証しないで、直観で物事の「善し悪し」や提案に対する「賛成・反対」を決めていることが多いのではないか》


これも含蓄のあることばです。

まあ、そんなことを改めて考える機会を与えてくれたのが、今回の原発事故でした。



ところで、重苦しくどんよりとした黒雲を日本列島の真上に広げてきた主も、「人をだますとロクなことにならない」という法則どおり、不本意な退陣を余儀なくされることになり、少なくとも彼が望んでいたよりは早い時期に、新しいリーダーが誕生する運びになりそうな流れです。

そこで、まもなく大震災&原発事故から3カ月になるのを期して、これまでのムードに引きずられず、新しい気持ちで、この困難な時期を見つめて行こうと思いますので、過去記事の中で、震災や政治に関連した投稿を、あす10日いっぱいで削除することにしました。

これからなにも語らないわけではありませんが、どこかで気分の切り替えというものは必要だと感じての処置です。

この未曾有の(そういえば「みぞゆー」と読んだ総理がひんしゅく買ったことがありましたが、その程度は可愛いもんでしたね)……未曾有の国難を国民として体験すれば、さまざまな自己検証を経て、人生観が変わっていくこともあるでしょう。

そのへんは、過去の自分にとらわれず、柔軟になってよいとも思っています。



もちろん、過去の記事を自己否定してのことではないので、どうぞご自由にページ保存なさってください。なお映画や語学やエンタメなどは、そのまま残します。



以上、ご報告申し上げます。