2011年6月6日月曜日

ピンク・レディー衝撃の登場

復活したピンク・レディーが元気だ。全国ツアーのコンサートも、場所によってSOLDOUT続出のようだ。

いまからもう35年も前になる。ニッポン放送入社二年目の新人ディレクターだったぼくのまぶたに、強烈に焼き付いて、いまも消えない光景がある。





正式な名称はもう忘れてしまったが、「新人試聴会」だったか、そんな名前の「会議」が、毎月一回、第一スタジオという当時のニッポン放送でいちばん広いスタジオで行なわれていた。

それは、レコード会社のプロモーターとプロダクションのマネージャーに率いられた、その月にデビューする新人歌手の、いわば「顔見世」で、社内の音楽関連ディレクターで構成された音楽委員会のメンバーが居並ぶ前で挨拶をして、質問を受け、歌を歌うのである。

なにしろ当時のラジオが果たすヒット曲誕生への影響力はものすごく大きく、そういう点ではヒット曲を番組でオンエアするディレクターは、対レコード会社や対プロダクションに対して、すいぶん大きな顔をしていられた時代だった。



で、その8月デビューの新人試聴会にピンク・レディーが現れた。



ぼくはまだ新米だったから、スタジオの中に置かれた長テーブルに面接官よろしく居並ぶディレクターの中には入っていなかった。ガラスを隔てた副調(副調整室)のミキサー卓の前に立って見ていた。

ピンク・レディーが登場した瞬間、副調側は大騒ぎだった。そのころのコスチュームとしてはありえないぐらいの超ミニで、脚が長くてスタイル抜群。しかもかわいい。

そしてディレクターのいくつかの質問のあと、デビュー曲のペッパー警部をフリ付きで歌い出した。



カラオケの生歌だったか、口パクだったか、そこは覚えていないけど、土居甫(どい・はじめ)氏の振付による踊りがはじまった瞬間、副調側では「うわー」。

さらに「あなたの言葉が 注射のように」のあとにつづく、例の開脚場面では「うおおおおー!」。副調サイドに男たちのおたけびが響き渡り、興奮したディレクターは「鼻血ブー」(マルシー・谷岡ヤスジ)状態でスタジオ中を走り回った。



いまYoutubeで見ると、可愛いアクションだけど、とくにいやらしいとも思わない振付が、当時はパンタグラフのような大股開きを見せつけられた強烈な印象があった。

いや、ぼくの記憶に間違いがなければ、のちにテレビで見せるよりも、ずっと開脚度がすごかったと思う。錯覚ではなしに。

副調側で見ていたぼくたちは、向こうに聞こえないから、ギャーギャー大騒ぎだったが、テーブルについて目の前でそれを見ているスタジオ内のディレクターたちは、内心のコーフンを抑えてポーカーフェイスを貫いていたんだから、それはもうおかしかった。



35年経っても、ピンク・レディーをはじめて目の前で見たときのショックは忘れない。