2011年6月5日日曜日

ギルバート・グレイプ(1993)

スウェーデン人のラッセ・ハルストレムは、ぼくの好きな監督のひとりだ。トビー・マグワイアとシャーリーズ・セロンが共演した「サイダーハウス・ルール」(1999)はお気に入りの一作である。

ジョニー・デップとジュリエット・ビノシュの「ショコラ」(2002)は、脇役で出ている名女優ジュディ・デンチ(007のMである)がいい味出していた。

リチャード・ギア主演の「HACHI 約束の犬」(2009)はちょっと地味だったけど、でも、この監督のタッチは好きだ。

そして「ギルバート・グレイプ」。映画の感想サイトなどではあまりふれられていない、この映画のほんとうの見どころを書いておきたい。



テキサスの田舎町に住むギルバート・グレイプ(ジョニー・デップ)は、母・姉・弟・妹と一軒の家に住んでいるが、永遠にこの町から出ることができないと思っている。彼をそこに縛りつける「ふたりの家族」がいるからだ。

ひとりは知的障害者の弟アーニー(レオナルド・ディカプリオ)、そしてもうひとりは夫に自殺されてしまったショックで家に引きこもり、異常に太ってしまって、外にまったく出られなくなってしまった母のボニー。

だからギルバートは人妻と不倫をしても、ゆきずりのチャーミングな女性と恋をしても、この町を出ることができない。



一般的にこの映画の見どころとして言われるのは、なんといっても大ブレイク前の二大スターの共演だろう。ジョニー・デップは撮影時29歳、ディカプリオは18歳と思われる。「タイタニック」はこの4年後だ。

だが、ほんとうの主役はすさまじい巨体の母ボニーを演じるダーリーン・ケイツにある。

この映画の原作を書いたピーター・ヘッジズは、トーク番組で「家を去るには重すぎる」という題で取り上げられていたひとりの女性に注目した。

それがダーリーン・ケイツである。上の集合写真の誰であるかは、一目瞭然すぎるぐらいの存在感である。

1947年生まれの彼女は、夫と三人の子どもと、現在は孫にも恵まれているが、その半生は体重との戦いだった。

彼女は孤独と慢性うつ病による引きこもり、さらには骨盤障害による二年間の寝たきり生活などあって、最大で約250kgまで太ってしまった(撮影時でも、その1割減といわれる)。その彼女に、ピーター・ヘッジズは映画出演を要請したのだ。

つまり彼女は映画女優でもなんでもない超肥満の引きこもりで、周囲から笑われ、ますます精神的にも物理的にも家から出られなくなった、病める一般女性だったのだ。その彼女が準主役として映画に出る。

これがアメリカという社会のすごさだと思う。



もちろん知的障害者を演じるディカプリオもうまかった。しかし、あくまでそれは「演技としてうまかった」のだが、母親役の彼女は、まさに本人そのものなのだ。

最近流行の特殊メイクではない。いくらなんでも服に隠れている部分は「ハリボテ」だろうと思いたくなるが、そうではない。横から見た強烈なシルエット、杖を突いてようやく歩ける後ろ姿。そこには視覚効果的な「ふくらし粉」は入っていない。

実際に彼女は、その見た目に悩んで引きこもり、外に出たら出たで、好奇と嘲笑の視線を浴びてきた。

まるで彼女をモデルにして書かれたかのような小説の映画化がはじまったとき、その母親役としての出演を要請されたダーリーンは「いまのみじめな姿のまま引きこもっていることもできるし、思い切って外に出ることもできる」と二者択一に悩んだ。

脚本には嫌いな部分もあったという。原作の設定は夫が自殺したショックが原因で引きこもったことになっているが、実際の彼女は15歳で結婚したときの夫とずっといまもいっしょだ。しかしピーター・ヘッジズと討論を重ねて、ついに出演を承諾したのだ。



そういう背景を知ると知らないのとでは、この映画の深みはまったく違ってくるだろう。

ハルストレム作品の中でも、「サイダーハウス・ルール」と並んで、おすすめの一品である。