2011年5月27日金曜日

正解と解説 第5問

「吉村達也検定」正解と解説、第5問です。

【問題】

⑤A社の書き下ろしで海外取材。そこから早朝成田へ帰国した日の午後には、もうB社の担当編集者とともに、結構ハードな一泊の国内取材に自ら車を運転して出かけるという超強行軍を果たしたことがある。それぞれどんな作品のための取材だったのか。「A社の作品」「B社の作品」という順番で答えよ。

(ナ) 富士山殺人事件
(ニ) 五色温泉殺人事件
(ヌ) 小樽「古代文字」の殺人
(ネ) 水曜島の惨劇
(ノ)「巴里の恋人」殺人事件



【解説】

これも何度かHPで紹介したエピソード。南洋のトラック諸島(現在の呼び名はチューク諸島)を日本軍が占領していたころ、ここに四季諸島と七曜諸島として日本名を冠した島があった。

四季諸島は春島、夏島、秋島、冬島。七曜諸島は日曜島から土曜島。水曜島はその中で最大の島である。

日本からはグアムまで行き、そこからローカル航空に乗り換える。妻と幼い娘をつれて家族三人で行った。詳細は『水曜島の惨劇』の取材旅ノートに書いてある。

太平洋戦争末期に水曜島に最高指揮官として赴任していたのが森茂喜・陸軍中佐。森喜朗元総理の父である。この水曜島の存在を知ることになったのは偶然の積み重ねで、そのあたりのエピソードも取材旅ノートに詳しい。



水曜島の取材からグアム経由で成田に戻ったのが早朝。いったん自宅に戻ってから、単身、車のハンドルを握って出発。途中で担当編集者の日浦氏と合流して向かったのが富士山麓。

自分の車は町の駐車場に預け、タクシーで富士山五合目へ。それから六合目の山小屋で一泊して、翌日富士山頂に登った。『富士山殺人事件』のあとがきにも記したとおりだ。

ものすごい行動力だったと、我ながら思う。このとき山に目覚めていれば、いまごろはエベレ……。


【正解】 (ネ) 水曜島の惨劇(徳間書店)、(ナ) 富士山殺人事件(祥伝社)
※逆順の解答(ナ・ネ)は不正解
正解率54% 難易度第8位

★★★★★★
【ここまでの正解リスト】
①イまたはア ②コ ③ソ ④テ ⑤ネ・ナ(逆順不正解)


これで全15問中5問、つまり三分の一の答え合わせが終わったところだが、絶望するにはまだ早い。この先、成績優秀者がつぎつぎ転倒する大波乱が待ち受けているのだ。