2011年4月23日土曜日

朝青龍はなぜペラペラだったのか

サンスクリット語や古代言語に造詣の深い山中元氏の著作「蒙古語入門」によれば、モンゴル人の名前でよく出てくる「ドルジ」は、チベット仏教から入ってきたことばで、「遍照金剛」ということらしい。

そこから本名「ドルゴルスレンギーン・ダグワドルジ」、愛称「ドルジ」の朝青龍を思い出したのではなく、その逆――

朝青龍は、なぜあんなに自然な日本語をしゃべることができたのか、という謎をモンゴル語の特徴に求めようとして、上記の本を読みはじめたところ、偶然にも「ドルジ」=「金剛」という記述に出会ったのだった。





すでに相撲界には「金剛」(現・二所ノ関親方)という力士がいたから、そのしこ名はつけられなれなかったが、そうでなかったら、ドルジは朝青龍ではなく、金剛という力士名になっていたかもしれない。

それにしても朝青龍の日本語は、外国人の匂いのカケラも感じられない完璧なものだった。まさにネイティブ・スピーカーだ。

なにしろ裁判に出廷することになったときも、通訳なしで臨んだぐらいで、たしかに通訳をあいだにはさんだほうが、意思疎通はかえって不正確になっただろう。



日本語でギャグを連発できるデーブ・スペクターもすごいけど、かれは「ガイジンなのに日本語ペラペラ」というキャラを保つため、おそらくその気になれば日本人と同じようにしゃべれるようになるのは楽勝だったにもかかわらず、あえて「ガイジン風アクセントの日本語」をキープしているのだと推測する。

しかし、そこを割り引いたとしても、やっぱり朝青龍の日本語の自然さにはかなわない。彼に限らず、白鵬にしても引退した旭天鵬にしても、たんに見た目が日本人と区別がつかないというだけでなく、そのしゃべり方の自然さによって、彼らがモンゴル人という外国人力士である事実は、完全に忘れ去られている。

もしも曙や小錦のようなハワイ系、あるいは把瑠都、黒海、琴欧洲のような旧ソ・東欧系の力士がモンゴル系のような割合で増えていたら、いまごろ外国人力士の制限がもっと厳しくなっていただろう。



しかし、旧ソ連の庇護下にあったモンゴルには、1940年代に縦書きの蒙古文字を廃して、ロシア語と同じ横書きのキリル文字に全面的に切り替えさせられた歴史がある。そんな言語環境にあって、なお、諸外国の力士とは天と地ほどの差もある朝青龍や白鵬らの日本語順応力は、いったいどこに原因があるのだろうか。

それをモンゴル語の勉強によって探ってみようと思う。

なんてことを考えるから、また学習言語数が増えてしまったではないか。



それにしても、どこかのスポーツ紙とかテレビ局の相撲担当記者の中で「いっちょ、モンゴル語ペラペラになって、ほかの記者にはない取材力を発揮しよう」なんて考える人は、これまで出てこなかったのだろうか。相手の日本語の巧みさに頼るのではなく。

ぼくがスポーツ紙の相撲担当だったら、絶対にモンゴル語習得を目指して個人レッスンを受けるけどなあ。会社の経費で(笑)。