2011年4月17日日曜日

「推理小説」とはなにか

先日書いたように、いまはアメリカ英語とイギリス英語をハッキリ分けて勉強しているが、それを二カ国語としてカウントするのもナンなので、まとめて英語として扱ったとして、昨年来とりくんでいるのは10カ国語。それに先週から広東語とスウェーデン語が加わって、12カ国語になった。

広東語は『たった3カ月でTOEICテスト905点とった』でもふれたが、13年前にネイティブの香港人女子留学生から習っていた。

彼女は日本語がカタコトだったので、英語を通じて学んだため、英会話の練習にもなって一石二鳥だった。

今回も日本の教材ではなく、Berlitz phrase book & CDシリーズの広東語を使っている。マイナー言語になると、国産ではあまりいい音声教材がない。あまりにも扱う語彙数・文例数が少ないのだ。スウェーデン語もBerlitzのを使っている。

でもBerlitz の広東語を聴きながら、いちど集中的に勉強した言葉は、けっこう覚えているもんだな、と思った。

……と、ここまで書いた内容は、「推理小説とはなにか」という標題とまったく無関係に思えるかもしれないが――



じつはきょうフランス語を勉強していて un roman policier という語に出会った。「探偵小説」と訳されていた。policierとは刑事とか警察官という意味だ。

しかし、日本では「警察小説」と「探偵小説」はまったく言葉の持つニュアンスが異なる。

「警察小説」は、いまの国産ミステリーで大きな流れのひとつとなっているが、「探偵小説」のほうは完全にレトロなイメージが強く、昭和30年代ごろまでの香りがする。

その代わりに一般的なのが「推理小説」だ。ただ、この言葉は「警察小説」や「探偵小説」という呼称と大きく異なる点がある。そこに「読者の頭の動きが含まれている」のだ。

う~ん……(と、ここでしばし考え込む)。



ぼくは、読者を意外なストーリー展開に引っ張り込むことを第一に考えて書いているので、「推理小説」というジャンルを、あまり厳密にとらえたことはない。

まあ定義なんて、どうでもいいことで、作者には作者の、読者には読者の小説の楽しみ方がある。その自由さを尊重することが、いちばん大切なんじゃないかな。

どういうわけか、フランス語の勉強中に、ふとそんなことを考えてしまったのであった。