2011年3月21日月曜日

支えてきてくださったみなさまに感謝

2001年3月3日から2011年3月21日まで、第1期吉村達也公式ホームページは10年間つづいた。

オープン当時に学生さんだった方も、いまやバリバリの社会人であったり、お子さんのパパ・ママになっていたりすることを考えると、10年はあっというまのようで、やはり長い長い歳月という気がする。

多くの担当編集者が、ほかに例を見ない当HPの2WAYコミュニケーションに感心していた。よくこういう形で長くつづけられますね、と……。それは決してぼくがマメだったからではない。ホームページに立ち寄ってくださった読者のみなさんのお人柄によるものだと思う。


本格的なネット時代の到来は、皮肉なことに言論封殺時代の到来でもある。

たしかに、自分の意見とは異なる論調を見たとき、そういう考えもあるかな、と冷静に受け止めるよりも、不快感が先に立つのは人間の心理としてやむをえない。そこへ投稿の窓口が開いていれば、感情のおもむくままにキーボードを叩いて送ってしまうのは、自然な行動だと思う。それが極端に走ると「炎上」というネット上の大火災を招き、サイトが焼失=消失してしまうこともめずらしくない。

10年前、2WAYコミュニケーションというスタイルのホームページを立ち上げようと決めたとき、懸念していたのは作品に対する批判などではなく、こちらの言論の自由が保証されるかどうか、という点だった。

それが怖ければ、「さわらぬ神にたたりなし」で、当たり障りのないことばかり書いて、どこまでもエンターテイメント小説の作者として、ニコニコしていればいい。だが、ぼくの場合は、そのような自主規制の枠に自分を閉じ込めておくつもりはなかった。そしてホームページ上でも、あるいは作品でも(たとえば『秋葉原耳かき小町殺人事件』がその代表だ)、自分の言いたいことをハッキリ書いていくようにした。

こんなことを言ったら、こんな批判がくるんじゃないか、ファンが減るんじゃないかと、いちいち気にするのは、言論のプロとして正しい姿勢ではない。

実際、ぼくの主張に賛同できない場合は、読んでいて面白くなかった部分もあったと思う。小説が面白くないというのとは、まったく別種の面白くなさだ。「つまらない」ではなく「不愉快」という感情。「おもしろくねえっ」というタイプの「面白くなさ」になるだろう。

しかし、ノンフィクション作品やHPでのメッセージ発信に対して、見解の相違にまつわるひとりひとりの反応にまで、ぼくに責任があるとは思わない。そこは完全に割り切っている。だが、受け手の不快感は、書き手に責任があると考える人も、少なからずいるはずだ。

そうした場合、感情にまかせた投稿を送信するのがあたりまえな時代にあって、旧HPに立ち寄ってくださったみなさんのマナーには、ほんとうに頭が下がる思いである。反論があってもきわめて理性的で、意見が異なっても、なるほどと納得して読むことができた。だからこちらも、素直に勉強させてもらうことができた。これは奇跡的なことかもしれない。ほんとうにこの点は、いつかお礼を申し上げなければと、ずっと前から思っていた

ぼくが2WAYコミュニケーション形式のホームページを10年にわたってつづけてこられた理由はそこにある。賛否あっても、理性的な対応をとってくださった方々によって、旧HPは支えられてきた。そうでなかったら、おそらく1年も経たないうちにネを上げていたことだろう。

その点、ほんとうに読者の方々には感謝をしている。ホームページの主催者としてしあわせだった。すばらしいファンに恵まれていたことを誇りに思う。

だから、このままのスタイルをつづけることに基本的な問題はなかった。時間のことさえなければ。

2WAYスタイルをていねいに運営していこうとすれば、寄せられたメールを読んだうえで、HPの内容を更新していく作業が2時間かかる。24時間のうち2時間ということは、1年(12カ月)のうち1カ月をホームページ更新作業にあてる計算になる。

それを10年つづけてきたのだから、ホームページの作業だけで累積1年近くになったわけだ。さらに今後もこのペースをつづけるのは、いくらなんでも、限りある時間の正しい使い方とは思えない。

読者の声がエネルギーになっていたのではありませんか、と、それが聞こえなくなってしまうことを懸念される声もあった。もちろん、みなさんの応援は莫大なエネルギーとなって、ぼくの執筆活動を後押ししてくださった。

しかし、ぼくには、これからやらなければならないことが山のようにある。氷室想介の復活、朝比奈耕作の完結といった個別の執筆活動だけでなく、7月ごろには作家生活二十年の総決算といってもよいプロジェクトをスタートさせ、そのあとには電子書籍の重要な企画も待っている。

作家活動を長くつづけるために体力増強に費やす時間も必要となってくる。そのひとつの目標として、山をやっている人にとっては、ささやかな計画かもしれないが、5年後のエベレスト・ベースキャンプ・トレッキングという夢も掲げたし、世界の人々の思考形態を知るための9カ国語習得という大きな目標もある。

昨夏ごろから、そうしたトレーニングや学習、さらには執筆に費やす時間が増えるにつれ、寄せられたファンメールも満足に更新できないような状態になってきた。それでもいいとおっしゃる方もおられるが、質問を寄せられてもまともに返事さえできない状況では、やはり失礼にもあたる。そっけないと感じる人が出てくるのは本意でない。

スタイルを変える時期にきたな、と思った。

ぼくがニッポン放送にいたときに学んだ番組改編の一大原則「いいときに変える。変えるときは思い切って変える」は、そのまま人生にもあてはまる。

そこで、新しい前進と変化のために、10年つづけてきたホームページを閉じ、代わって「吉村達也公式ウエブサイト」を立ち上げた。奇しくも、東北大震災と原発事故の騒動のさなかに。

そうしたタイミングとなったのも、きっと意味があることなのだろう。

(2011-3-21 03:33)