2011年3月30日水曜日

龍安寺のつくばい

龍安寺といえば、15個並べられた石を一度に見ることのできる場所があるやなしや、という石庭で有名だが、方丈をはさんで、石庭の反対側にひっそりとあるのが、この蹲踞(つくばい)。

中央の水をたたえている部分を「口」とみなせば、周囲を囲む4つの文字との組み合わせで、上から時計回りに「吾唯足知」となる。

「われ、ただ、たることを、しる」と読む。漢文的にいえば「吾唯知足」という語順のほうが自然で、実際このつくばいは「知足のつくばい」とも呼ばれるが、龍安寺では時計回りに、素直に「吾唯足知」と読ませている。


これは釈迦が説く仏教の真髄で、「足ることを知る者は、貧しくても豊かであり、足ることを知らない者は、富があっても貧しい」という教え。

あれが足りない、これも足りない、と、いままでその存在のありがたみすら思い浮かべたことのないモノが、まったく手に入らない、あるいは手に入りにくくなったことに焦る「3・11」後の日本人に、釈迦が語りかけてくれるようだ。

われ、ただ、たることを、しる。