2011年2月26日土曜日

語学は音楽だ


いまパソコンのSonic Stageにストックしてある外国語音声教材のごく一部。ぜんぶでこれの10倍ぐらい入っていて、音声教材のある言語だけで45種類ほどになった。

特殊な言語は、書籍だけの勉強となるが、それではやはり言語をやったことにはならない。耳から入らない語学学習はありえない。それでも、目だけでかじった外国語まで数えたら78言語に手をつけていた。

京都弁と大阪弁を入れたら80と、キリのいい数字になる。

しかし、一生懸命やっているのは9カ国語しかない。ぜんぶが自由に聞き取れてしゃべれたらたいしたもんだが、とりあえずは、ガイジンがどんな思考回路で脳みそと舌や唇を動かしているのかわかればいいのである。

語学の文法は民族の思考回路であり、同時に語学は民族音楽である。たとえばフランス語と中国語とでは、脳神経の組み立て方が異なるし、演奏する楽器そのものも異なるから、「演奏」する場合も「鑑賞」する場合も、極論をいえば全身の使い方が違ってくる。
そこが面白い。


外国語は民族音楽だと思っているから、ウォークマンに「本物の音楽」といっしょに入れて、これを聴きながら寝るのである。本物の音楽もクラシックからロック、歌謡曲まで多種多様である。

起きたときイヤホンがささったままだと、外国語か音楽のどちらかで意識が目覚める。覚醒したとき、耳元で何語をしゃべっているのか、それともどんなジャンルの音楽が演奏されているのか、ルーレットのようにどの目が出るかわからない。