2011年2月26日土曜日

人間の約束(1986)

「人間の約束」はすごい映画だ。役者のプロ根性ここにあり、というところを主演の男優と女優が見せつけてくれる。男は三國連太郎、女は村瀬幸子。監督は岡田茉莉子の夫である吉田喜重。

三國は1923年1月20日生まれで、村瀬は1905年3月21日生まれ。つまり撮影時、三國は62歳で村瀬は80歳だったと思われる。しかし三國が毎回4時間をかけたという老人メイクと演技力で、みごとに村瀬と同年配にまで老け込んで老夫婦を演じている。四半世紀後の88歳になっている現在の本人より、格段に老けてみえるのだからたいしたものだ。

冒頭、村瀬演じる老妻が変死体となって発見され、若山富三郎のベテラン刑事と佐藤浩市の若手刑事が死体の検分と家族の聴取を行なう場面が出てくる。いうまでもなく、佐藤浩市は三國連太郎の実の息子だが、母親は三國の三人目の妻で、おそらくこの時期はまだ父子の確執があったころだと思う。


老妻の変死を発見したのは長男(河原崎長一郎)。そして、老いた父親(三國)が、自分が首を絞めたと供述する。妻は完全にアルツハイマーの症状を呈して、みなの手に負えなくなっており、夫自身もおしっこを洩らすなどボケの症状が出ている。そのボケた夫が老老介護に疲れ果てて、妻を殺してしまったという告白である。

では、実際にそうだったのか。時間軸は、村瀬演じる痴呆の老妻が生きているときに戻って真相を追っていく。ここでの村瀬幸子の演技がすごいのだ。

嫁(佐藤オリエ)には絶対に身体を拭かせず、息子(河原崎)に拭いてくれと頼むので、息子はやむをえず、母の身体を拭くが、ボケた老母の、意外に生々しい乳房を見て複雑な気分になる。日本映画史上最高齢のヌードかもしれない。そして80歳とは思えぬ村瀬の清楚で綺麗な乳首が、河原崎演じる息子の複雑な気分をリアルに浮かび上がらせる。

嫁(佐藤)は、しょっちゅうおしっこを洩らす姑(村瀬)を風呂に入れようとするが、姑は子どものような大声をあげ暴れて抵抗する。それでも嫁は無理に風呂に入れると、姑は、だったら死んでやるとばかりに、あおむけになったまま湯の中へ頭から沈んでいく。これを80歳の村瀬が、吹き替えナシで実際にやるのだ。

嫁は驚愕するが、死ねば厄介から解放されると思って助けない。そして沈んだ姑を置き去りにして風呂場から逃げ出すが、舅(三國)を見たとたん、自分のやっていることの重大さに気づき、舅に助けを求める。そして自身もぼけている老夫が、風呂場から全裸の老妻を抱えてふとんまで運ぶのだ。

圧巻である。それなのに翌年の日本アカデミー賞で、三國は優秀主演男優賞をとったが(最優秀は「火宅の人」の緒形拳で、これは納得)、村瀬幸子は主演女優としても助演女優としても候補にも上らなかった。

ほかの候補女優の作品も私はほとんど見ているから言いたい。審査関係者はどこを見ているのか、と。

村瀬幸子はこの5年後、黒澤明の「八月の狂詩曲(ラプソディー)」でリチャード・ギアと共演し、80代後半に差しかかっているのに、ラストで横殴りの雨の中を傘を差している壮絶なシーンを演じた。いや、すさまじい女優魂である。

そして映画公開の2年後、 1993年10月9日に88歳で亡くなった。病院ではなく、地方巡業中の急死だった。